Valkyrie

 はっ、はっ、はっ――
 白い息吐きながら、寒空の下、林のなかを駆ける、駆ける。
 俺は、追っていた。同時に逃げてもいた。
 追っ手に追われつつ、敵を追っていた。
 白い息が、渦を瞬間作って、後ろへと流れる。
「まだか、まだかっ」
 駆けながら、一人呟く。
 俺の上空に、見えない煙に隠れていた姿を晒すように、鎖帷子に見を包みクロースを棚引かせながら空を駆ける女性が現れる。
 気配でそれがわかる。
 枝から枝へ。木々の葉を一つも揺らすことなく、その女性は空を翔ける。
 手には槍を持ち、俺と同じく行く先を見つめるその目は厳しく、美しい。
「落ち着きなさい、追っ手は遠くに、敵は近くにあります」
「わかった……」
 確かに、敵は近い。その気配が、空気に漂い風となって肌にへばりつく。
 右手に、意識を集中した。
 空を翔ける女性が持っている槍と同じ物が形を成して手に納まる。ずしりと重いが、その槍には力があふれていた。
 柄にはさまざまなルーンが刻まれ、槍の先端には勝利のルーン。
 ゲイルスケグルが持つ槍が、この手に形となって現れる。
 ゲイルスケグル――槍の戦――の槍だ。
 その槍から力が流れ込む。
 下腹部にうなりを上げて生まれる力。背筋を伝い、脳を染め、体を満たす力。
 空を翔ける女性の姿が消え、同時に俺/私の姿が変わる。
 滾る力を押さえる必要はない。
 飛ぶ。
 右足の地面への一蹴りが、俺/私の体を空へと飛ばす。
 髪が瞬時にして伸び、金色にそまり、ばらばらと着ていた服が紙片になって零れ落ち、俺/私は空を翔けていた女性――すなわち、ワルキューレのゲイルスケグルになる。
 ワルキューレのゲイルスケグル。オーディンに仕え、戦で死ぬ者の魂をアインヘルヤルへと運ぶ死神。
 俺/私の目は、重なってから見えるようになった、行く先にいる怪異をしっかりと捕らえていた。