素クールおかゆ改訂版

 玄関のチャイムがなった。
 寒々しい一人暮らしのワンルームには騒がしいぐらいの金属音で、住人の俺がいうのもなんだが、うるさい。
 特に、布団に包まり、枕元にうずたかくティッシュの山が作られているこの状態で聞くには、いささか頭にくるほどだっていうか、風邪ひいてんだよバカ野郎!
 くそ、誰だってんだ一体。
「あーい、いばでばーず」
 鼻が詰まって発音するままならない。
 だらだらタレ落ちる水っぱなを、ティッシュで抑えながら布団から起き上がる。風邪のせいで節々が痛い。寝床から玄関までの距離が近いのがワンルームの利点なんだが、今はその距離すら遠かった。床がぐらりと揺れた感じがしたのは、熱で意識が朦朧としてるせいだろう。
 よたよたと壁伝いに玄関まできて、鍵をあける。すると、間をおかずにドアがひらいて、
「久しいな、久幸。風邪と聞いて馳せ参じたが、ずいぶんひどいようだな」
 自称婚約者――とはいえ、うちの親も認めているから自称を削除しても通じるものだが、俺が認めていないので自称がついている――の来須ナオが、俺の顔を見るなりそう告げて、ずかずかと部屋に入ってくる。
 学校から直接きたのか、ぱりっと糊のきいた紺色に白いストライプの入った婦人スーツを着ていた。
 ちなみに、俺が通う高校の教師で、同時に担任でもある。
「んだよ、ひやかじにきだどが?」
 ふ、と笑むと、
「悪態を付くぐらいの元気はあるようだな。まぁなんだ。婚約者としておかゆを作りにきた。台所を使わせてもらうぞ」

     *     *     *

「ともかく、そういう流れで、今回の話でいこうと思うんですえっほえっほ。どないなもんでしょ、部長」
 そのまんま、自分が書いた小説の主人公と同じ形で、ぐったりと布団に包まっている僕。仰向けだと息が苦しいので、うつ伏せになって唸っている。枕もとにはティッシュだけが捨てられたくずかごと、空になったティッシュの箱が二つ。
「くっくっくっ……この小説、まんま、今のキミだな」
 部長――つまりは、僕の恋人で学校の先輩で文芸部の部長――は、食卓テーブルの上に置いてあるノートパソコンの画面を見ていた。口に手を当てて、爆笑しそうになるのを堪えている。
 今僕が置かれているシチュエーションは、部長に見せたノートパソコンにしたためられている小説とほとんど同じだ。
 違うのは、おかゆを作りにきている人が、婚約者ではなく恋人という点であることだけだ。
 一通り目を通したのか、ふむ、と頷くと、
「特に問題はないな。じゃあ、この線で進めてくれたまえ」
 と、真面目な顔で言った。
 どうやら、小説の内容に特に問題はないようだ。
「じゃあ、その線で話は進めてくれたまえ。とはいっても、今無茶をしては、風邪が悪化してしまうな。最悪、原稿は落としてもかまわん。養生してくれ」
 部長は、立ち上がって僕の枕もとにきて、頭を撫でてくれる。その手が優しく感じられて、なんとなく嬉しい。嬉しくて涙がでそうになる。
「いぢお、がんばっでびばす」
 そんな優しい部長に、僕は迷惑をかけられない。だから、そう言った。
「まったく、無茶をするなと言っただろう」
 が、その一言は部長の機嫌を損ねてしまったようだ。注意するその声は、あきらかに不機嫌だった。
 頭を撫でていたその手で、僕の頭を軽く叩くと、
「キミが学校を休むと、学校がひどくつまらなくなる。今日だって、いっそ私も学校を休んで、キミの看病をしていようかと思ったぐらいだ。だから、そう頑張るな。な?」
「……あい」
 僕はそう頷いて、ごそごそと新しいティッシュ開封し、ぶびびーっ、と鼻をかんだ。
「さてと、早速、キミの彼女としておかゆをつくってやろう。私のおかゆは、とっておきだぞ? 何しろ、私の愛情がたっぷり詰まっているからな」

Fin